野中保育園の講演会に参加させていただき、
高校で受験や進路にかかわる現場の先生の目から見た
試験の方向転換の本当の意義について、

今後の「日本のあり方大改革」につながる
教育〜保育の言葉やあり方に
思いを馳せるひと時を過ごさせていただきました。

私の印象に残ったのは、以下のことです。

*  *  *  *

・高校の試験の変化は、
すべての受験や教育のシステムを変える取り組みにつながる。

・改革の中で大切にされていること---学力。
 <学びの3要素>
1.知識・技能 ~ 何をどれだけ覚えているか:認知能力
2.思考力・判断力・表現力 ~ 演奏する、書くなど
3.主体性・多様性・協働性 ~ 学びに向かう力 :非認知能力
≪保育所保育指針と共通している≫

・学テ国語の出題傾向の変化---「立場」に立って、物事を考える力を問う。
~大切なのは、幼少期からの“ごっこ遊び”。
それぞれの立場に入り込むことによって、言う内容が異なる。

・会話の重要性
 1.相手を認める、認知する
2.相手の立場を理解する
(人は立場によっていうことが異なる)

・わらべ歌の重要性---
言葉遊びを通じて、「言葉を操る力を養う」学習に効果がある。

・英語・国語ともに、立場を理解し、「伝える機会」・「言葉の重要性」

・アクティブラーニングで獲得していきたいチカラは、
「自分ごととして捉える力」・「考える力」・「共感力」
~正解のない物事に対応し、自分なりの答えを見つけていく力

・これからの子どもたちは、
国際関係の答えの出ない問題や未知の問題に対する力が必要。
対話をしたり、議論をしたりする中で、決定していかなければならない

・今回の教育制度改革は、政府による未来へ対して大きな舵を切る
「日本人改造計画」である

・文字を覚えるのは、遅ければ遅いほどいい。
子どもが集まると、遊びが始まる。言葉を使う。
そのための環境が構成されていること---アフォーダンスが重要である。

・急いで成長させようとするのではなく、「幼生成熟(ネオテニー)を。
子どもの時期が長いと、いろいろなものを吸収できる。

・幼少期~小学生まで、

いろいろなものを吸収して、変わっていく=可能性にあふれている。
 人との関係性を構築していく力を養うことが大切。

・塾?合格率?---大切なのは、自分の意思で行うこと(誰かの意思ではなく)

・“Sence of wonder”神秘さや不思議さに目を見張る感性
~子ども時代は、自然の環境がそれを構成する。

*  *  *  *  *

以上は、講演を聞いて、

私のメガネを通して受け取った言葉たちです。

そして―――ここからは、私が感じたこと。

  • 「歴史の会」の楽しさと、意義。

受験勉強では〝信長愛“くらいしか感じたことがなかった私ですが、
マキ山さんの熱すぎる歴史トークに胸打たれて開催をしていた「ラブい歴史の会」は、
いまだに参加メンバーたちと復活を願う特別な時間でした。

60年刻みで日本史を振り返り、
その時代の登場人物に参加者がくじを引いて
くじに書かれた生い立ちや人柄・癖などをイメージし
その人になり切った上で、講師が進めていく歴史語り。

ある程度まで物語が進むと、
「○○さん、なんであんなことしちゃったのよ。」
「だってさ・・・」
「てゆーか、あれはないでしょ!」
「俺だって、華やかなところに行きたいんだ!」

~とか、役になり切ってシェアを楽しんでいた、あの時間。


https://love-rekisikai.jimdo.com/

「逸史の変」から江戸時代に入ったところで終わってましたが、
あの体験を通じて私の中に芽生えてきたのが

・歴史って、ドロドロしていて、人間臭くって面白い!
だから人って、愛おしいのかも。

・昔も今も、人の葛藤は一緒
・こういう時は―――あの事例から学ぼう。
それぞれの歴史の最後からの学び

~信玄と勝頼や周囲の人たちの最後から得た、人間関係からの学びなど。
…といった感覚でした。 楽しかったな~。

年号をゴロで覚えることではなく、
本当の意味で、学びとして教化づけられるべきだった歴史の意味は、
こういうことなんじゃないだろうか。

何で楽しかったのか?と考えると、
ロールプレイでなり切って感じていたからなんですね。
「自分なら、こう感じる」~これが意外と、史実と合致するんです。
歴史システム=つまり、人を取り巻く立場・役割の「システム」なんです。

こいうのを中高生あたりで、

どこか一つの歴史の時期でもいいから
(平安とか?応仁の乱とか?わびさびとか?)、
切り取って子どもたちに4人グループや8人グループになってもらい、
体験して見えてきた世界を分かち合ってもらう機会があったら、
正当な意味での愛国心も芽生え、
立場によってそれぞれの「正義」があることなども理解できるのに---。

あ、でも魅力あふれる講師のマキ山さんは
マレーシアに行ってしまったので・・・
帰ってくるのを待ちますか!

  • フランスでのやり取り

小学校低学年から英語に親しみ、
高学年からは英語が評価の対象になる---というお話。

そして、Listening,Speak,Write,Readingの
4技能が評価の対象になる、というお話。

~これらを受けて、私の中に浮かんできたのが、
アンちゃんにお世話になったフランスでの体験でした。

【フランスにて感じた言語化されない気付きの芽たち】

https://umehanaglouriouslife.blog52.fc2.com/blog-entry-3638.html

YesかNoか、自分軸に問う】

https://umehanaglouriouslife.blog52.fc2.com/blog-entry-3640.html

この中で、「私は」どう感じているのか?が大切だと、しみじみ感じたんです。
~言わないと、透明人間のようになってしまいます。

けれども、それを伝えるには、
自分が感じていることを「自覚」することが大切です。

考えて、自分の意見を――――「言葉に」表現すること。

そこで、つたない英語を調べて調べて、何とかつたえるわけですが。

「Why? Do you think so?」(なんで?そう思うの?)

~と、アンちゃんからすぐに尋ね返されるわけです。
多様性(日本とフランスの価値観のちがい)が背景にあるため、
どうしてそう思うのか、本当に不思議みたいです。

そこで、

「Because・・・」
~とその背景にあるものを伝えた上で、はじめて

(そうなんだ・・・なるほど。)

~という味わい深い間になるわけなんですが、

その後、議論を楽しむフランス人は、 いろんなアイディアを提案してくれて
あらたな返答の機会が到来してしまいます(早!)

 

おそらく、フランスは多民族国家で 背景も、
もともとの母国の文化も(ハーフだったり)異なるので
とことん語り合うことで初めて、「共通の概念」を生み出しているのでしょう。

そんなわけで、私はまたここで
(なんと伝えたらいいものか---)
と悶々とした葛藤を抱えて帰ってきたので
日常的に感じていることを伝えられるレベルを目指して
いまだにDMM英会話を受講しています。

ですが、私の場合は 「旅行」に行ったから、感じたこと。
けれども---いま私たちが向き合っている子どもたちは?

20年後は間違いなく、世界の共通語である英語は、
日常生活レベルまで入り込んでいることでしょう。

そう思うと、この
1.自分が感じていることをキャッチする
2.自分の考えを伝える
3.多様性の中で一緒に答えを見つけていく
~といったコミュニケーションのスキルは、

英語だけではなく日本語の時にも必須のことなのではないでしょうか。

  • 不協和音(欅坂46

ちょうど年末、アンちゃんが遊びに来ている中で、
紅白で初めて欅坂46の「不協和音」を聴き、おもしろいな~!と思いました。

そして、アンちゃんに「This song says ” Japanese,Say No!”」
要約して曲の意味を伝えたのでした。

空気を読む日本人の姿、じつは以前 アンちゃんに
「不思議だよね」と言われたことがあったのです。

(その頃はすでに私は、ガンガンに「No!」
「I don’t want to do that!!」と自己表現する喜びを知ってしまっていました)

秋元康、さすがだな~!!と。
そして、この曲に共感する世代の皆さんはまさに、
仕事の中で多様性あふれる人たちと一緒にやり取りをしたり、
「No」と表現をすることもあれば、
そこから創り出していく必要性を持つ最前線の人たちなのです。

 

  • 揺れているのは、保育だけではない。

学童に入らせていただく時期もあり、その中で感じていたのが
保育と小学校の壁の問題でした。

子どもの「いいところ」を見ていきたい。伸ばしていきたい。
けれども---「勉強が苦手」になると、
宿題ができているか?勉強について行けているか?が評価の対象で
個性さえも否定されてしまうかのような失望感を感じてしまう---。

ここを、どう前向きにとらえて 融合していける選択肢を見つけられるのか。

小学校ならではの友達関係の課題もあるでしょうし、
「未来に生きる力」を考えた時に、
この「決まった答えを求められる」勉強でいいのだろうか?

~そんな葛藤を感じていました。

もっとやり方があるんじゃないか?

もしも、今回の教育制度改革が 未来を見たものであり
保育の「大人主体」から「子ども主体」へ。
認知能力だけではなく非認知能力を伸ばすかかわりを、というように
大きな転換期を迎えているとしたら---

おそらく、一番混乱するのは
現場の最前線で「いま」見えない何かと戦っている、先生たちです。

保育の現場でも、じつはベテランの先生ほど揺れながら、葛藤しながら
変化に適応しようと試行錯誤をしています。

小学校以上の教育の現場にも、大きな変化の波が来るのではないでしょうか。

けれどもそれは、「子どもの未来」のための「大人の変化」という過程。

これまでの一次意識を抱きしめ、エッジにぶつかりながらも
新しい学びの在り方=二次意識へ向けて、
エッジを溶かしていけるといいですね。

そうしたら、きっと 現場はもっと 楽しくなる。

私はそのための、
現場で頑張っている先生たちのサポートがしたいと思いました。

さて、そのためには私はどんな在り方を吸収していけばいいのでしょう?
また新たな問いが生まれてしまいました♪