ウメハナリレーションズは「大人が輝く背中を子どもに見せる」をモットーに、保育者のやりがい促進・継続支援・離職防止へ向けた取り組みをしています

*開催のいきさつ

いきさつ

映画「ケアニン」についてのラブい歴史の会仲間であり
日本人にしかできない『気づかい』の習慣」著者の
上田比呂志さんの投稿をきっかけに、
比呂志さんにご縁をつないでいただいたベスタネットの安積 聰さんと語り合う中で、
“介護と自分”について思いを馳せ、今回の企画をするに至りました。

 

 

上田比呂志さんについて

比呂志さんは、三越勤務時にグァムのティファニー支店長時代やフロリダのウォルトディズニー ジャパンパビリオンの取締役をされていたのですが、その後 の栄転も示唆される中でのお父様の、介護状態の連絡。

悩んだ末の決断が、「父の最後と向き合うこと」でした。

けれども、それまでの企業人人生を手放して向き合ったお父様との間には、親子の葛藤があり・・・

お母様もが介護状態になり、病院と自宅を行ったり来たりする中で「仕事をしていないのだから、自分が」とすべてを背負い込む中で無力感に襲われ
介護鬱に陥っていたそうです。

これまでの自分を投げ打って向き合っている自分と、い思い通りにならないもどかしさから発せられるお父様からの言葉は、
相当に堪えたそうです。

私が比呂志さんと歴史の会で出会ったのが、ちょうどその頃でした。

そんな中で お父様がこの世を去る7日前に突如伝えられた、家族への感謝の言葉。
これまでのすべてが報われるような、目が醒める体験だったといいます。

お父様の死後も、お母様の介護は続きます。

「おもてなしに関する本を書いてみませんか」とお声掛けをいただき、
出版した本が、ベストセラーに。続編も大好評を得ました。

私が目にしていたのは
講演活動で日本全国を講演に回り時には
海外からのオファーに応えて精力的に活動をされている比呂志さんの姿でした。

けれども実は---昨年、お母様がなくなられるまで
計12年間、比呂志さんの介護は続いていたのです。

比呂志さんの企業研修をマネンジメントしていた安積さんも
そういった家庭の事情には気が付かないほど
精力的に活動をされていました。

「じつは、倒れそうだったこともあったんですよ。」
「どうやって介護をしていたんですか?」
「チームを組んでね。
シフト表を作って、みんなで乗り切ったんだよ。」

一人で背負い込んで介護鬱になった体験から学んだ比呂志さんは、
「これではいけない。どうしたら---?」
~そう考える中で、
自分たち家族だけでは難しい部分があるため
力を貸してくれる人たちの存在に助けてもらえるよう要請をし。

「昔そういえば、チームでシフト表を作ってやっていたなぁ。」
・・・と思い至り。
それらの学びを生かして実際にシフト表を作成していたのです。

こちらが実際のシフト表です。

予定が変更するたびに随時更新をして
誰か一人に負荷が掛かることがないよう目を凝らして配慮をし
出張が多いため、自分がいるときはなるべく自分が対応をできるようにと
工夫をしていたのだそうです。

また、かえって出張=仕事をすることが
自分にとっての気持ちの切り替えにもなり、
自分自身を保てていた軸となっていたとお話し下さりました。

仕事で培ったスキルが
「考え得る人の力を合わせる」
「シフト表を組む」
「負担が平等になるように、配慮をする」
というように、介護に生きていたのです。

私自身、保育園の施設長時代に
両親の介護を控えた部下を持つ中で
「親の介護が始まったら、もうおしまい。」
「世の中から、仕事から一歩引いて 介護にかかりっきりになるしかない」
~そういった暗黙の気配を感じていました。

けれども、介護をするにも「生きる」を支えるためのお金がかかります。
仕事を離れることが、本当に良いことなのでしょうか。

そうではない選択肢があるのだとしたらーーー
その方法を知りたい。

そんな風に、思うのではないでしょうか。
人の人生や置かれている状況・出逢う人は様々であり
一概に「こうすればいい」という方程式はありません。

きっと、それぞれがこれまでに歩んできた人生の中にこそ
これからの介護をより良い形にしていくための
ヒントとなる体験があるのではないでしょうか。

そんな中で、
比呂志さんの12年に渡る在宅介護生活に生きたというお話
(仕事によって自らが支えられていたというお話は目からうろこであり、
これからの自分自身を含めて親の介護を担っていく人にとって
大きな気づきとなるのではないか—–そう感じました。

仕事とプライベート どちらも自分を支えるものであり、
充実のために学びが生かされるという気付き。

ともすれば、『仕事のために生きている』と錯覚しそうな毎日の中にいて
自分の生きるもとは家族であること、
一人前の顔をしているけれども、じつはここまで育ってくる家庭では
両親をはじめとした様々な人の愛に育まれて自分があること。

「育ててもらう側」から自立し、
今度は「看取る側」へと心身ともに成長変化していく
私たちの自然の原理ーーー
そういった大切なことに目を向けていく
きっかけをくれた映画が、「ケアニン」です。

また、おもしろいことに
比呂志さんのこの投稿を見つけて「いいね」を押したのが、
「ケアニン」の山国プロデューサーでした。

そこから比呂志さんと山国さんのやり取りが始まり、
ケアニンを通じて社会と仕事と介護について考えるきっかけになればという思いから
今回は、トークショーを企画させていただきました。

山国プロデューサーについて

これまでにも数々の代表作品を世に送り出してきた山国監督の前職は、
人材にかかわるお仕事だったとのこと。
さまざまな人材が さまざまな職に就いていくーーーその支援を行う中で、
「こんな仕事があるんだ」
~という視野が広がるような気付きや、出会いの機会になれば。

・・・そんな思いがあったとお話し下さりました。

今回、介護の現場に焦点を当てたくさんの現場に足を運び、
企画をチェックいただいてはダメ出しを修正する中で
ご自身の中にあった思い込みにも気づかれたそうです。

「ケアニン」は、大森圭の成長ドラマを通じて
介護に従事される人たちの思いや願い・配慮・そしてやりがいといった
新たな光を見せてくれる映画である。

~そんなメッセージを、私は山国プロデューサ―から受け取りました。

八木裕子先生について

会を開催するにあたり 「ケアニン」の監修もされた経緯のある
東洋大学の八木先生にお話を伺いました。

前職では、介護福祉職の育成に当たりながらも自らヘルパーとして現場に立っていたというパワフルな八木先生。
ご自身も末期がんであったお母様の介護、見取りをされた経験がおありで、
当時の思いを素直に綴られたブログにはいまだに多くのアクセスがあるとのこと。

「介護は親の最後の子育て」
「ケアニンではさらっと描かれているが、小規模多機能施設は介護のコンビニエンスストア」
「ケアマネさんとどう付き合っていくか。
介護保険制度を理解することが、自分たちに合った介護を展開していくためのカギになる」

~今回は、そう言ったお話を頭の片隅に置いておくことによって
ケアニン(介護)の世界がまた新たな彩りをもたらしてくださることを楽しみに、
トークショーへのご登壇をお願いしております。

石原孝之さんについて

石原さんは、焼津市のコミュニティホーム「長者の森」を通じて
「利用者さんの好きなことをできるだけいっしょに」ということで
競馬や釣りに行ったり、地域に愛される開いた場所を目指して
森de朝市」という取り組みをされています。

近隣の企業より、
「介護で離職をする可能性を持った部下が増えてきている。
もしも、の場合に備えて 介護に直面した時にどのように対応をすればいいのか。
どんな選択肢があるのか、その辺の背景を知りたい」といった依頼を受け、講演を行った実績があります。

近年、働き盛りの管理職級の人財がまさに直面しているのがこの介護の問題であり、
大量介護離職のリスクを感じた企業の中では
働き方改革の推進や業務の見直し・テレワークへの転向なども進められています。

そういった介護ニーズを持った部下を持つ上司の皆さんへ向けても、実際のエピソードを元に
石原さんからの視点を役立てていただきたく、今回はご登壇をお願いしております。

<お申込みはこちらから> https://ws.formzu.net/fgen/S79602968/

お気軽にお問い合わせください TEL 03-6273-1195 10:00-17:00

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